スポーツの日はいつから?祝日となった由来や意味は?

「スポーツの日」という祝日があるのをご存じでしょうか。

昭和生まれの私には、いまだに耳馴れない名称なのですが、みなさんはいかがでしょうか?

以前の「体育の日」とは、意味の異なる祝日になるのでしょうか?

もしくは、名称を体育からスポーツに変更しただけで、意味合いは以前と変わらないのでしょうか?

祝日の名前には無関心な方が多いという風に感じていますが、
祝日にはそれぞれその由来と意味があります。

名前や日付を変えても問題のないものと、変えてはいけないだろう・・・というものがあります。

では、このスポーツの日はどちらに当てはまるのか、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

今回は「スポーツの日はいつから?祝日となった由来や意味は?」について、詳しく調査してみました!

スポーツの日は、いつから?いつ?

「スポーツの日」は、2020年(令和2年)に「体育の日」から改称されました。

「スポーツの日」は、10月の第2月曜日です。

「体育の日」は、毎年10月10日でしたが、
2000年(平成12年)「ハッピーマンデー制度」が適用されたことにより、
「体育の日」は、移動祝日(10月の第2月曜日)となってしまいました。

移動祝日

年によって日付が変動する祝日のことです。

※2023年~2026年の「スポーツの日」(すべて月曜日)
2023年 109

2024年 1014

2025年 1013

2026年 1012

ハッピーマンデー制度

祝日と週休二日制をつなげて、3連休以上の期間を増やすため、
国民の祝日の一部を従来の日付から特定の月曜日に移動させる制度。

連休の日数を増やすことで国民を遠出しやすくして、
観光業や運輸業などを活性化する目的で設けられました。

体育の日の由来

1964年(昭和39年)10月10日に、東京オリンピックの開会式が行われました。

日本で初めて開催された東京オリンピックを記念して、
1966年(昭和41年)に、10月10日は「体育の日」と定められ、国民の祝日となりました。

「体育の日」には、東京オリンピックが開催されたという事実だけだはなく、
東京オリンピックを舞台に沸き上がった興奮と感動を後世に伝えようという意義も込められていました。

戦後19年が経った1964年に開催された東京オリンピックでは、
国内外の選手が主役となって、
焼け跡から復興した東京と日本の不屈の精神を世界に強く印象付けました。

スポーツの日の意味

国民の祝日に関する法律では、
「スポーツの日」の趣旨は、
「スポーツを楽しみ、他者を尊重する精神を培うとともに、健康で活力ある社会の実現を願う。」
とされています。

ちなみに、
「体育の日」の趣旨は、
「スポーツを親しみ、健康な新進をつちかう」とされていました。

体育の日からスポーツの日と名称変更された理由

「スポーツ」「体育」より広い意味を持ち、
自発的に楽しむという意味が含まれていることが変更の理由とされています。

スポーツの定義はこれまでも色々と議論されてきました。

国によるスポーツの定義

スポーツ基本法(日本で唯一のスポーツに関する法律)において、

「スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、
自律心その他の精神の涵(かん)養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動」とされています。

また、スポーツは「今日、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む上で不可欠のものとなっている。」とされています。

さらに「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」との記載もあり、
「スポーツ権」が明示されました。

スポーツ庁が定める第二期スポーツ基本計画において、
「スポーツは、体を動かすという人間の本源的な欲求に応え、精神的充足をもたらすものである。」と説明されています。

また、第二期スポーツ基本計画にはスポーツはみんなのものという記載もあります。

つまり、スポーツは競技・余暇活動・体力増強のために行う身体活動の全般を指します。

散歩やラジオ体操、ハイキングにランニング、ウェイトトレーニングのように他者と競わない運動もスポーツなのです。

他に、試合会場に足を運んで観戦することや、テレビ放送を見ること、
指導者や関係者として選手を支えること、
ボランティアとして運営を手伝うことなどもスポーツとされています。

国は、さまざまな形ですべての人々がスポーツに関わっていくことを推奨しているのです。

スポーツ宣言日本による定義

2011年に日本体育協会(現在のJSPO)と日本オリンピック委員会(JOC)が共同で起草・宣言した、
「スポーツ宣言日本〜二十一世紀におけるスポーツの使命〜」(「スポーツ宣言日本」)

この宣言は「日本のスポーツ100周年を記念して、先達の尽力をたたえその遺産を継承し、
更なる100年の発展を願う日本スポーツ界の志を表明するもの」として取りまとめられました。

スポーツ宣言日本における定義は、
「スポーツは、自発的な運動の楽しみを基調とする人類共通の文化である」というものです。

大きな特徴は「~のためにスポーツを」という扱いをしていないことです。

つまり「何かのためにスポーツをする、みる、ささえる」のではなく、
純粋に「スポーツをする、みる、ささえる」こと自体を楽しむ、喜ぶ、大事にする、という点です。

その上で、スポーツの意義と価値について、
「スポーツのこの文化的特性が十分に尊重されるとき、個人的にも社会的にもその豊かな意義と価値を望むことができる。

とりわけ、現代社会におけるスポーツは、
暮らしの中の楽しみとして、青少年の教育として、
人々の交流を促し健康を維持増進するものとして、
更には生きがいとして、多くの人々に親しまれている。」としています。

まとめ

「スポーツはみんなのもの」

身体を動かすことだけでなく、
観ること
支えること
そして、なにより「楽しむこと」

スポーツの日という意味と由来はそれなりに納得できるものだと思います。

ただ、なぜ「体育の日」を祝日にしたのか?という意味合いがすごく薄れてしまい、
元々の意味が感じられなくなっています。

スポーツの日の定義は素敵なものだと思います。

ただ、戦後、焼け野原から立ち上がった東京であり、日本という国があったわけで、
すべての日本人が復興に向けて、がむしゃらに頑張った時代がありました。

その時に開催された『東京オリンピック』が日本という国において、
どれほど大きな意味合いを持っていたのかを今一度考えて欲しい。

その意味合いを考える機会となる「体育の日」を安易に「スポーツの日」に変えてしまったことには、
非常に残念に感じてしまったのは私だけではないんじゃないでしょうか?

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