白河の関越えとは?高校野球で使われるその意味を調べてみました

2022年8月22日(月)、東北地方の高校野球ファン念願の『白河の関越え』が達成されました。

この『白河の関越え』という言葉ですが、実際に何を意味しているのか、ご存じでしょうか?
白河の関そのものは、福島県南部に昔からある関所の一つに過ぎません。

しかし、高校野球における白河の関はいつしか別の意味を持つようになってきました。
仙台育英高校の決勝戦の日は、東北地方の高校野球ファンが悲願達成の為に、
甲子園球場やテレビの前でドキドキしながら観戦していたことと思います。

その象徴として、仙台駅の長~いアーケード街から仙台育英最後の守りの9回表の時には、
人影が無くなったということでした。

今回は、宮城県の仙台育英高校が夏の甲子園で優勝した事で、
一躍メジャーになった言葉、『白河の関越えとは?高校野球で使われるその意味』を調べてみました。

白河の関とは何ですか?

「白河の関」とは、福島県に昔からある関所の一つで、東北の玄関口と言われてきた関所になります。
鼠ヶ関、勿来関とともに奥州三古関の1つに数えられています。

福島県白河市のHPを見て見ると、
〈奈良時代から平安時代に機能していた国境の関で、当時は人や物資の往来を取り締まる機能を果たしていた〉
という事です。

あの有名な松尾芭蕉も「みちのく」という枕詞に「白河の関」を使ったとされますが、
江戸時代にはすでに白河の関は無く、場所もはっきりとは当時は分かっていなかったとされています。

その白河の関越えという言葉が、いつから言われるようになったのかはハッキリしませんが、
東北地方の高校が、甲子園で優勝出来ていない事に関して、
深紅の優勝旗を、白河の関所がなかなか通してくれないという意味をイメージして言われ始めたのかもしれません。

その為、甲子園で東北地方の高校が勝ち進むと、
深紅の優勝旗が「今年こそは白河の関を越えられるか?」とか「今回も白河の関をこえられませんでした」と言われ続けて来ました。

東北地方の決勝戦の戦績は?

104回の歴史がある夏の甲子園大会で、東北地方高校が決勝戦まで勝ち上がったケースは今回で10回目になります。
過去9回の成績は・・・
①第1回大会(1915年)  京都二中<京都>  2対1  秋田中<秋田>
②第51回大会(1969年)  松山商 <愛媛>  0対0  三沢商<青森>・・・延長18回引き分け再試合
4対2
③第53回大会(1971年)  桐蔭学園<神奈川> 1対0  磐城<福島>
④第71回大会(1989年)  帝京<東東京>   2対0  仙台育英<宮城>
⑤第85回大会(2003年)  常総学院<茨城>  4対2  東北<宮城>
⑥第93回大会(2011年)  日大三(西東京)   11対0  光星学院<青森>
⑦第94回大会(2012年)  大阪桐蔭(大阪)  3対0  光星学院<青森>
⑧第97回大会(2015年) 東海大相模(神奈川)  10対6  仙台育英<宮城>
⑨第100回大会(2018年)  大阪桐蔭(大阪)    13対2  金足農業<秋田>
⑩第104回大会(2022年)  下関国際(山口)   1対8  仙台育英<宮城>

10回目の決勝戦への進出で初めて東北地方の高校が優勝旗を獲得しました。

ちなみに、春の選抜大会の東北地方の高校が決勝戦まで勝ち上がったケースは、全94回中3回ありました。
その3回の成績は・・・
①第73回大会(2001年)  常総学院<茨城>  7対6  仙台育英<宮城>
②第81回大会(2009年)   清峰<長崎>   1対0  花巻東<岩手>
③第84回大会(2012年)  大阪桐蔭(大阪)  7対3  光星学院<青森>

春の選抜は2000年以降になってから決勝戦まで勝ち上がれるようになったんですね。

あれっ?すでに越えていないか?という話もある

実は・・・・2004年と2005年に駒大苫小牧高(南北海道)が夏の甲子園で優勝をしています。
なので、地図上で見れば、すでに白河の関を越えて北海道まで優勝旗は運ばれているのです。

しかし、北海道なので、飛行機のようなもので運んだイメージがあり、
空路で運ばれたという風なイメージで、陸路ではまだ通過していないというのが大方の意見でもあります。

陸路で東北地方の玄関口である『白河の関』を通ってこそ、
本当の意味での『白河の関越え』が達成されるということです。

その為、2022年夏の甲子園大会での仙台育英高校の優勝が、東北地方の高校野球ファンの願いであった『白河の関越え』が達成されたのです。

福島の地方紙である「福島民友」の記事によると、
福島県白河市にある「白河神社」には、決勝戦の日(8月22日)から翌日(23日)になっても、
深紅の優勝旗が白河の関を越えるお祝いの為に、多くの人が訪れているという事です。

2000年以前は、東北地方の学校の野球レベルは低く、
組み合わせ抽選会で、東北地方の学校とあたるとガッツポーズをするチームがあったほどカモにされていた、
という話もあります。

今は逆に、東北地方の学校の選手が、地元出身の選手じゃない!
という批判的な意見を言う人もいます。

ただ、こうした野球留学を盛んにおこなう事で、
東北地方の高校野球のレベルが上がり、
全国のどこの地域の学校にも優勝するチャンスが出来たという事ではないでしょうか?

2022年の第104回大会では、宮城の仙台育英高校と福島の聖光学院高校がベスト4まで残りました。
メジャーで活躍する、大谷選手、ダルビッシュ選手、菊池選手は東北地方出身です。
かつての三冠王である、落合選手も東北地方出身の選手です。

私自身も福島県出身という事もあり、今後も東北地方の学校の活躍を期待しています。

 

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