みなさんは、『大喪の礼』という言葉を見たり、聞いたりしたことはございますか?
2022年7月31日、国際政治学者の三浦瑠璃さんがテレビ番組に出演している時に、
安倍晋三元首相の国葬について、持論を語られていました。
拝聴していると・・・
「天皇陛下の国葬は当然だと国民に受け容れられている。
なぜなら『たいものれい』だからと。(以下略)」
「たいものれい?」私は聞きなれない言葉に、首をかしげました。
「もしかして。。。??」
『大喪の礼の事??』・・・・・・
今回は、『大喪の礼』とは?正しい読み方とその意味を分かりやすく説明します。
『大喪の礼』の正しい読み方は?
まずは『大喪の礼』の正しい読み方について確信を得たかったので、
始めに、漢字辞典で「喪」の読み方を調べました。
「喪」の訓読みは「も」
なるほど「大喪の礼」を「たいものれい」と読みたくなる気持ちもわかります。
そして、「喪」の音読みは「ソウ」
【皇室典範 第25条】には、以下のように記されています。
『天皇が崩じた時には、大喪の礼を行う』
皇室典範では「大喪の礼」は漢字表記であり、読み仮名がふられているわけではありません。
しかし、宮内庁では「大喪の礼」を儀式名として「たいそうのれい」と読んでいるそうです。
「大喪の礼」を天皇の葬儀を意味する1つの固有名詞と捉えると、
「たいそうのれい」と読むほうが、その意味を伝えやすいといえるでしょう。
似ていて異なる大喪の礼と大喪儀
『大喪の礼』は、国の儀式として執り行われる天皇の葬儀です。
日本国憲法では政教分離の原則が定められているので、
国の儀式である「大喪の礼」は、特定の宗教の儀式ではありません。
一方、「大喪儀」は、皇室の儀式として執り行われる天皇の葬儀です。
皇室の私的な儀式とされる「大喪儀」は、皇室祭祀の神道儀礼に則って行われます。
皇室の葬儀と宗教
時代をさかのぼると、皇室の葬儀は、
飛鳥時代・奈良時代~江戸時代までは寺院にて仏式で行われていました。
しかし、孝明天皇(在位:1846年3月10日~1867年1月30日)の三年祭の際に新式が復古されて、
それ以来、皇室の葬儀は神道式で執り行われるようになりました。
日本国憲法における政教分離の原則とは
政教分離の原則とは・・・・・、
国家と宗教は切り離して考えるべきであるとする原則のことをいいます。
つまり、日本国憲法第二十条1項後段および第二十条3項、第八十九条の規定を指しています。
<第二十条>
いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
<第八十九条>
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、
又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、
これを支出し、又はその利用に供してはならない。
政治と宗教の関係が結びついてしまった場合、国は特定の宗教が有利となるように国政を行い、
特定の宗教以外の宗教は、排除されていくおそれがあります。
国は、信教の自由が保障されている全国民に対して平等である必要があります。
よって、日本国憲法においては、政教分離の原則が定められているのです。
政教分離の原則に基づいて
昭和天皇の葬儀は1989年(平成元年)2月24日に行われました。
皇居から葬場が設営された新宿御苑までの葬列と、葬場における儀式の一部、
そして新宿御苑から墓所が置かれる武蔵陵墓地までの葬列が「大喪の礼」とされました。
新宿御苑に設けられた葬場には、世界164か国から元首や代表が約9800人参列しました。
そして、皇居から新宿御苑までの沿道では20万人以上が葬列を見送りました。
同時に、葬場における儀式の一部として「大喪儀」が行われました。
「大喪儀」では、当時の天皇陛下(現・上皇さま)が弔辞にあたる「御誄(おんるい)」で、
「未曽有の昭和激動の時代を、国民と苦楽を共にしつつ歩まれた御姿は、
永く人々の胸に生き続けることと存じます」と述べられました。
続いて「大喪の礼」では、参列者が黙とうを捧げ、
三権の長が、それぞれ拝礼し弔辞を読み上げました。
<※三権とは、行政権の長(内閣総理大臣)、司法権の長(最高裁判所長官)、
立法権の長(衆議院議長と参議院議長)のことです>
このように現行憲法下での初めの天皇の葬儀となった昭和天皇の葬儀は、
政教分離の観点から、
宗教色のない国事行為である「大喪の礼」と
伝統的な皇室行事である「大喪儀」とを並行して執り行われたのです。